Tokyo Institute of Technology
OTSUKA LABORATORY
高分子科学分野における近年の学術的発展は目覚ましいものがあります。1990年代に次々と開発されたリビングラジカル重合法による波及効果は特に大きく、高分子合成を専門としていない研究者にとっても精密重合技術は活用しやすい技術となりました1)。高分子の分子量・分子量分布・末端官能基・組成・トポロジーなどが様々な精密重合技術によって制御されるようになり、ナノテクノロジーの発展にも後押しされて各種測定・観測・評価技術も大幅に向上したことで、高分子分野の大きな発展に繋がってきました。
このように高分子を合成するプロセスの学術研究が進むことによって多くの波及効果が生じてきたのとは対照的に、高分子を出発原料とする化学反応である「高分子反応」に関する学術的発展はあまり進んできませんでした。約100年前の1920年に高分子化学の概念を提唱したH. Staudinger(1953年ノーベル化学賞受賞)は、1930年代にはすでに高分子の切断反応に関する論文を報告しており2)、高分子反応の歴史は高分子化学の歴史と同程度に長いと言えます。しかしながら、高分子反応は有機反応の延長と考えられる場合がほとんどであり、産業界では重要視されているものの、学術的な研究対象として檜舞台に上がる機会は非常に少なかったと言えます。こうした背景のもとで研究室の主宰者である大塚は、高分子反応を精密に制御して、高分子の構造を重合後に自由に変えることができれば、多くの魅力的な研究展開ができると着想し、2000年から高分子反応を第一専門として掲げて関連研究を精力的に推進し、多くの新概念の提案と魅力の発信を続けてきました。
以下、1.高分子構造の自在変換系の構築、2.直接合成が困難な高分子の画期的合成法開発、3.架橋高分子への自己修復性と再成形性付与、4.力学的刺激で切断し再結合する力学応答性高分子の開発、に分けて研究成果の内容、特色、独創性、位置づけを紹介したいと思います。
官能基許容性が高いラジカルプロセスで駆動する動的共有結合3)(平衡系の共有結合)ユニットを高分子骨格中に組み込むことで4)、結合組み換えに基づく高分子反応によって、高分子の分子量(分布)・末端官能基・組成・トポロジー(直鎖状、櫛形、星形、網目状、環状など)の自在変換と、それらに基づく物性や機能が系統的に変化することを明らかにしました(図1)5-18)。得られた特殊構造ポリマーは分光学的な手法だけでなく、原子間力顕微鏡観察などの先端的な装置を駆使して構造解析を行いました12)。さらに、ラジカル反応の官能基許容性を利用して、有機溶媒系だけでなく、水系19)、無機材料(シリコンウェハーやシリカナノ粒子)表面20-22)、無溶媒系23-25)など、多様な反応条件下でも高分子反応が進行することを実証しました。
図1 ラジカルプロセスで組み換わる動的共有結合ユニットを利用した高分子の構造変換:
結合の組み換えによる高分子の分子量制御例およびトポロジー制御例
私達のグループではラジカルプロセス以外で駆動する多様な分子骨格を使った高分子反応を行ってきました。中でも、炭素-炭素二重結合は通常の単結合よりも高強度でシンプルな結合ですが、Grubbs 触媒26)に代表されるオレフィンメタセシス触媒存在下では動的共有結合として振る舞うことに着目しました。二重結合を有する逐次重合系ポリマー(重縮合によって合成可能な不飽和ポリエステル)と連鎖重合系ポリマー(アニオン重合やラジカル重合により合成可能なポリブタジエン)を出発原料として、高分子間のオレフィンメタセシスに基づく主鎖交換反応を行い、ポリエステルとポリブタジエンの両成分からなる共重合体を簡便に合成することに成功しました(図2)27)。
図2 炭素-炭素二重結合の組み換えを利用した直接合成が困難な高分子の合成法:逐次重合系と連鎖重合系の複合化、水素添加反応によるポリエチレン誘導体への変換、天然高分子と合成高分子の複合化
重合法が全く異なる高分子主鎖を組み換えて新材料を合成できるこの高分子反応では、反応条件によってマルチブロックやランダム共重合体を選択的に合成でき、得られた高分子は透明性・熱物性・力学物性などが異なることを明らかにした。また、共重合体の水素添加反応を行うことで、主鎖中にエステル結合を含むポリエチレンへと変換できることも実証しました28)。さらに、天然ゴム由来のポリイソプレンと合成高分子(不飽和結合を有するポリウレタン)との主鎖交換反応にも成功し、バイオマスを利用した環境低負荷な新材料創製の可能性を示しました29)。主鎖中に炭素-炭素二重結合を有する高分子はゴム材料にも応用の可能性を秘めています30)。海洋プラスチック問題や環境問題などに関連して、今後、高分子の分解プロセスが重要視されてくると考えられますが、主鎖を比較的自由にデザインできる本手法は、そうした課題の解決に対して有望なアプローチを提供できる可能性があります。
材料自身が自分で傷をなおす自己修復は、長年「夢の技術」と考えられてきましたが、近年、急速に関連の研究開発が発展し、一気に現実味を帯びてきました。中でも、分子鎖そのものに可逆性を付与することで自己修復する高分子材料は基本的な設計指針が確立されつつあります31,32)。私達のグループでは、外部刺激がない状況でも結合組み換え骨格として機能するジアリールビベンゾフラノン(DABBF、図3)33)を含む化学架橋高分子が室温、大気中で自己修復することを報告しました34)。架橋高分子を溶媒で膨潤した高分子ゲル系では、切断したサンプルの切断面を接触させて室温で24時間放置すると修復が進行し、元の力学物性の95%以上という高い回復率を示しました。この自己修復系はバルクフィルム(無溶媒系)でも高い修復能を示すことが確認され35)、セルロースとのナノコンポジット系において、修復性を維持したまま力学物性を改善することが明らかとなっています36)。
図3 室温・大気中で組み換わる炭素-炭素単結合の組み換え反応を使った自己修復性高分子
また、自己修復系高分子の設計に活用できる新たな動的共有結合骨格として、(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド(BiTEMPS、図4)を開発しました。高分子化に向けて2つの水酸基を有するBiTEMPS-OHを、市販の原料から三段階にて合成しました。複数のBiTEMPS誘導体を用いてジスルフィド結合の熱的な均一開裂挙動、および熱的な結合交換特性などについて評価を行った結果、室温では全くラジカル種が観測されませんが、100 °C程度の加熱により交換反応が進行し、しかも湿度や酸素の影響を全く受けないことが明らかとなりました37-40)。また、BiTEMPSをスペーサーとする架橋剤を用いて、架橋点に有するポリ(メタクル酸エステル)を合成し、BiTEMPSの熱的な結合組み換えに基づく自己修復性および再成形性について評価しました41)。化学架橋ポリマーのダンベル型試験片を半分に切断してから断面どうしを接触させて一定時間加熱して引張試験を行った結果、切断前と比較して約90%の物性値の回復が観測されました。8時間後には切断跡が目視では確認できなくなり、24時間後には破断強度および破断伸びも切断前のサンプルと同程度まで修復しました。
図4 BiTEMPS骨格における硫黄-硫黄単結合の組み換え反応を使った自己修復性高分子
さらに、BiTEMPS骨格を有する化学架橋高分子を粉砕して鋳型中で加熱すると、再成形性を示しました(図5)。最近、BiTEMPS骨格の組み換えを利用した異種架橋高分子の融合・接着にも展開しています42,43)。
図5 BiTEMPS骨格の組み換え反応に基づく化学架橋高分子の再成形と異種架橋高分子の接着・融合
私達のグループでは上述したDABBFが力学的刺激により着色することを見出しました。低分子DABBF 誘導体の粉末をすり潰したところ、青色へと変化し(図6)、電子スピン共鳴(ESR)測定より炭素中心ラジカル量の劇的な増加が確認されました44)。この結果を受けて、DABBF骨格を有する直鎖状のセグメント化ポリウレタンを合成しました。得られたDABBF骨格を有するポリウレタンのフィルムは顕著なメカノクロミズムを示しました45,46)。さらに、室温で数時間静置すると、元の形状および色に回復しました。一連の反応はESR測定を用いて定量的な解析も行いました。延伸による着色と同時にラジカル種に由来するピーク増大し、退色とともにピークが減少することが明らかとなりました。さらに、メカノクロミック特性は連結される高分子の構造によって、大きく変化することが明らかになってきました47-52)。DABBF 以外にも、異なる特徴を有するいくつかの新たなメカノクロミック分子を開発しました53-60)。
図6 DABBFに代表されるメカノクロミック分子を有する高分子反応による着色(メカノクロミズム)
私達のグループで開発した力学応答性分子骨格の1つであるテトラリールスクシノニトリル(TASN)誘導体は、力学的刺激により「蛍光性」のラジカルを与えるという特徴を有しています(図7)53)。色彩変化と比較して蛍光発光は極めて高い感度で検出可能であるため微小なラジカルを可視化できます61,62)。TASN誘導体を導入することで高分子鎖にかかる微小応力の可視化をいくつかの系で試みました。例えば、高分子の結晶化過程において誘起される微小な力を可視化することを目的として、TASN骨格を結晶性高分子であるポリカプロラクトン(PCL)の中央部分に導入しました。加熱により溶融させたPCLが等温結晶化する過程を蛍光顕微鏡観察した結果、結晶化により誘起されたメカノクロミズムによる強い蛍光が球晶状に確認されました。さらに、示差走査熱量(DSC)測定やESR測定を行い多角的に解析した結果、PCLが結晶化する際にラメラ間の「タイ分子」と呼ばれる部分に残されたTASNに微小な応力がかかり、結果として結晶領域のみでTASN由来の蛍光性ラジカルが発生したものと考えられます63,64)。こうした知見は、高分子材料への新たな機能性付与につながると期待されます。
図7 蛍光性メカノクロモフォアを利用した結晶性高分子の結晶化過程の可視化
ここでは、4つ項目に分けて研究成果の内容、特色、独創性、位置づけを示してきましたが、これ以外にも新しい高分子反応に関する開拓研究65,66)、分解性高分子に関する研究67,68)、力学的刺激で高強度化できる反応性高分子に関する研究69-71)なども行っています。一連の研究成果は全て「高分子反応」の範疇に入っており、共有結合の切断・再結合・交換というシンプルなメカニズムに起因していますが、分子レベルから材料レベルまで多岐に渡っています。分子骨格の選択、高分子の設計、反応条件などにより、今後も幅広い展開の可能性があります。
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